恋心は超グリーディ

普段質問されることを文章起こした場所です。ライブ配信やゲームイベントにまつわるものです。もしくは、たまに筆者の趣味の文章が交じります。

Jun 30, 2021 -

スタッフ意志で変遷したオフ大会側面

最近関東で開かれる「スマブラオフ大会」の在り方は、けっこう最近導入された概念が多く、独特です。元はどういう姿をしており、どういう経緯で各手法が選ばれたのでしょう。

スマブラ勢の方から今後そんなに疑問に思われることは無いでしょうが、主に他の界隈の方(ゲーム外も含む)から「どういう経緯でスマブラ勢ってそうなったの?」というご質問を複数回頂いたため、書くことにしました。

“代替メッセージ”
[スマブラオフ大会とは、コミュニティ主催で開催されるこうした非公式大会のこと。 @darimoko より。 こうしたPVもあります 。]

スマブラに限らず、コミュニティ主催のオフ大会は企業イベントではないからこそ新しいことを導入する際に衝突が起きがちです。本文では、どう対処した実例があり、どういった意図があったのかを紹介申し上げます。

タイトルは迷いました。筆者の視点上、有志で開催する関東オフ大会 『ウメブラ』 、および配信クルー “SHIG” の歴史に関する内容です。その上で、スマブラ勢は多元主義です。ウメブラやSHIGスタッフは更に他の大会の主催・スタッフであることが多く、封建的な分権が出来ているため、筆者の意志もあるのですが他スタッフもまた別途自分の意志を持って動いていることをご留意下さい。

そのため本文は、プレイヤー視点で(企業視点ではなく)、コミュニティ主催のオフ大会って意図があって変遷しているということを申し上げます。

※ 様々なスタッフの名前を勝手に出していますがご容赦下さい。本当にどなたもシーンに必要だった方々で、感謝申し上げています。英雄としてここに祀ります。

はじまり

時は2014年1月。第一回『ウメブラ』を見てみましょう。

第一回 ウメブラ 告知

静的なページが残っていますが、どこで参加者募集を行ったのか、その経緯は全て消えています。

個人プレイヤーが主催する非公式オフライン大会『ウメブラ』は、主催が RAIN さんからうめきさんにバトンタッチして生まれました。時代は『大乱闘スマッシュブラザーズX』つまり Wii版 です。主催者になるために自動車の免許を取ったうめきさんがブラウン管テレビを20個ほどハイエースで運び込み、当日朝に設営を行っていました。「内山軍団」と呼ばれたうめきさん周りの東関東プレイヤーたちが精力的に動いていました。

この時、参加者は40名ほどです。参加者は事前登録します。『スマコム』(厳密には新スマコム)というクローズドSNSが存在し、そこでスレッドが開始され、コメントを書き込むことで参加が確保される方式でした。そのためスマコムの閉鎖と共に、履歴は全て消えてしまいました。

※「クローズドSNS」:今やぐぐっても説明がありませんが、代表的な例は mixi です。ぐぐってもヒットしない、完全に閉じた場で交流出来る点が特徴でした。当時は mixi とも別に、自分たちの界隈で1個SNSを作り、登録に一定のハードルを設けることで部外者から見られることを封じる社会を作ることは一般的でした。

着眼点

では、当時は今と何が違ったでしょうか?実際に当時の映像を見てみましょう。2013年(ウメブラ以前時代)のモノをピックアップします:

Pioスマ4 Winners Semi : ましゃ vs みけねこ

…と言っても、ゲーム自体を録画した実況抜きの映像しか有りません。頑張って探して他の例を挙げます:

Pioスマ3.5 Grand Finals 2nd Set

スクリーンを直撮りした映像です。心なしか Nietono さんとゆっけさんの実況が入っています。プレイヤーや実況の映像は有りません。筆者は当時の映像スタッフでは有りませんしから、文句は申し上げません。これが当時としては可能な最大の技術であり、記録が残っていること自体が幸いなのです。だって、2014年に開催された第一回ウメブラの映像は残っていないのですから。

こうした事態は、現代の我々が振り返ると「そんなバカな」と思うでしょうが、当時は当然でした。何が違ったのでしょうか。たぶん余り記録には残っていない or 残せないでしょうから、言いづらい温度感を不遜ながら申し上げます。

“スマブラX” は今作のSPにも劣らないくらい本数は売れていましたが、競技シーンの雰囲気が今とだいぶ異なりました。筆者が感じていたハードルは「法的グレーゾーン」です。

“代替メッセージ”
[出典: CEDEC 2020 「ほぼ違法」から「適時適法」の時代へ。ゲーム実況の過去・現在・未来を振り返る【CEDEC2020レポート】 より。嘗てゲーム実況は基本アウトという価値観が支配的で、ユーザーが開催する非公式オフ大会は同類だった。]

2008〜2014年というのは基本的に、どんなゲームタイトルもゲーム実況をネット上にアップすれば削除されると “ユーザーが思っている” 時代でした。厳密に全部削除された訳ではありません。ただ、国内のゲーム会社毎に過去数件あった「権利者削除依頼」の事例を基に、ユーザーが「ゲーム映像をアップするのは全部アウトじゃね?」という疑心暗鬼に陥っていました。
また、ゲーム会社の利用規約にはどの会社を見ても「営利目的のイベントは開かないでください」といった曖昧な注意書きだけがあり、何を指しているのか消費者には全然分からない状態でした。「参加費を取る個人主催大会は許されるのか?」は全く見当がつきませんでした。この空気が、他タイトル同様スマブラ勢の間でもなんとなく同じでした。

総じてゲーマーはこの結論の無い疑心暗鬼に対峙して:

  • 「これはゲームで個人ユーザーが大会を開くのは法的にグレーなのでは?」
  • 「グレーゾーンならいっそのこと何もしないでおこう」

という意見が全うに感じられました。今では筆者は少しくらいゲーム関連の企業と繋がりがありますが、当時はタダの学生であり、ノーヒントの状態です。

※結論を申しますと現代では、厳密には著作権という権利自体をご説明しなければならないのですが、基本的には「ゲーム会社の許す範囲で楽しもう」という見解が支配的です。スマブラは制作物についても ユーザーガイドライン があります。

そのため2014年のスマブラオフ大会というのは、基本的にはライブ配信は有るかも分からず、会場に集った人の中だけで楽しむものでした。

“代替メッセージ”
2013年当時のゲーム実況談義 。基本的には違法であり、具体的なゲームタイトルへの言及も避けるアングラな雰囲気が見て取れる。況や非公式オフ大会をや。]

翻って、他タイトルの2014年を覗いてみましょう。『ストリートファイター4』には大きな公式大会もあり、Topanga リーグもあり、CPT が始まっており、全国各地にコミュニティ主催の個人大会もありました。ノリノリで盛り上がっている空気が目に見えて有りました。
そんな中で、同じ1対1対戦ゲームでも、わざわざ法的なグレーゾーンでもあり40人しか大会に集まらない『スマブラ』というゲームをプレイするといのは、マニアな精神でした。更には本気で勝とうとするモチベ勢は狂気と言えました。

“代替メッセージ”
[おまけ: 『Twitch視聴者のコメントで操作するポケモン(赤)現状まとめ』 。2014年3月に日本でも流行った TwitchPlaysPokemon。これは「視聴者の投票でゲームを操作する」娯楽のはしりだが、当時の日本のユーザーまとめには「法的に真っ黒」と明記。画像出典: BBC

筆者がプレイヤー視点を記録しておきたいと思ったのは、こんな時期があったからこそです。日本では法的なグレーゾーンにより年々自粛ムードが漂っていたちょうどこの時期から、アメリカのスマブラ勢は色々動き出していました。
ラスベガスでの大規模大会 “EVO 2013” にて新種目として『スマブラDX』が加わり、Nintendo of America と北米コミュニティとの有名な抗争がありました。その後、Nintendo of America は協力体制になり、日本の aMSa さんを含めたプロプレイヤーたちが “E3 2014” での公式イベントに招待 されました。ゲーム会社からこうした「ユーザー活動を許容しているオーラ」が北米から筆者へ伝わって来ていました。
参加人数や大会規模で言えば、現代日本の方が当時のアメリカよりも大きいです。ただ当時のアメリカから夢のようなモノを感じました。向こうは早い時代からライブ配信・動画化といった「技術」がしっかりしていたのですが、加えて何か「意志」のレベルで変化が起きようとしていました。

この際に筆者も色々調べ、「著作権・版権って何なんだろう」「何がセーフで何がアウトなのだろう」「他のゲームタイトルはどう解釈しているのか」といったノウハウを蓄積しました。ウメブラに Zhi という人物がふらっと立ち寄って対話出来た経験も活きました。この頃は PS4 も発売されてゲーム実況機能がコンソールに標準搭載となり、プレイヤー間での「法的グレーゾーン」に対する印象も変化している頃でした。

その結果、筆者は「アメリカでやってる大会を日本でもしたい」という意志が湧きました。

[Apex2012 通称 “OCEAN Moment”。 動画はこちら 。こういう大会を日本でもやりたいと思いました。…なお、この一枚はスマブラ勢に影響があったのみならず、Esports 界随一の写真家 Robert Paul 誕生の瞬間でもあった。]

この時点で無かったモノ

この時点で、アメリカと比較して日本のスマブラオフ大会は以下のモノが有りませんでした:

  • ① ライブ配信
  • ② トーナメント表
  • ③ 写真撮影

厳密には有ったモノも有るのですが、現代と形式が異なりました。「これらを実現したい」と筆者は思い立ちました。結果的に実現には殆ど他のスタッフの方の力を頂いているのですが、理論上人間の意志は自分のものしか証明出来ないのでこのような表現にしました。

以下順を追って申し上げます。

①ライブ配信

上でも動画を見ましたが、当時は一定の大会ライブ配信をニコニコ生放送で行っていましたが、今のような「実況音声を入れた試合映像」なんてものは稀でした( 現代例 動画 )。アーカイブも中々ありません。
また、試合映像はシェアする機能などありませんでした。ゲーム機が他サービスに接続なんて出来ませんし、Twitter にも映像投稿の機能すら有りません。そこで、ゲーム内の「リプレイ」データがSDカードに保存されていたので、そのベクターデータをネット上で Dropbox 等で公開していました。やる気のある人はそのデータをWiiフォーマット化したSDカードに入れてWiiに挿してスマブラ内で再生する、という方式で他大会の試合を観察出来ました。今考えると凄く知識を必要とする時代です。

そんな2014年6月、 SHIG という組織を作りました。
単純に申せば、「オフ大会を実況付きでライブ配信してアーカイブを切り抜いて動画化する」というだけの組織です。単純ですがこれが当時は日本で珍しいものでした。

やろうと思っても当時の筆者には技術の一切が無く、工学部情報系で周りの学生にたずねても・秋葉原のヨドバシに行って店員さんにたずねても

「オフ会場でゲームをキャプチャしてライブ配信???」

なんて調子でノウハウは全然有りませんでした。そこで筆者が “Apex2014” でアメリカへ遠征した際に、現地で VGBC や CLASH Tournaments の皆さんにたずねたり、帰国してからメッセージして質問したりしました。(なので現在の日本スマブラオフ大会配信の源流はVGBC流になります。)

今はスコアボードで「プレイヤー誰vs誰」とか「スコア 0-1」とか表示すること呼吸の如くですが、当時はスコアボードなんて未知の宇宙科学でした。教えて貰って 8WayRun という所のプログラムを使っていました。そして、当時の全国各地のオフ大会スタッフでこれをしたい担当者を呼びかけ、一つの Skype グループ(窓)に集めて情報共有をしました。

“代替メッセージ”
[現代で「スコアボード」とはコレ↑のこと。今 GAO vs TOBARI と表示 出典 。これはスコアボードの中でも StreamControl を活用。StreamControl 自体は当時 Xsplit のエンジニアだった Farp が公開していたものの、Action Script 仕様だった。実はコレを日本に密輸して HTML 方式にしたのがスマブラ勢で、画像の「SHIG テンプレート」は ぽん さんが仕上げた。]

こうして大会ライブ配信の技術は形だけでも揃いました。しかし技術が揃っても人間は黎明期です。キャスターをどうするのか、どういった用語が相応しいのか、といった検討が始まりました。

まずオフ大会のライブ配信に実況を付けるところをスタートしました。今では平日夜に開催される大会でもマイクが付いていることが殆どですが、始めた当初は「実況要らない」「アーカイブだけでも良いから実況消して欲しい」というご意見がたくさんアンケートから寄せられました。
また、当時は一般的にスマブラ会話で「死ぬ・殺す」といった表現が飛び交う環境でした。しかしアメリカの大会がかなり言葉遣いを改善している時代だったため、日本も直そう派閥が筆者を含め現れました。それを言うのは簡単ですが実行するキャスターはまた大変です。アンケートには「折角のユーザー文化を壊すヤツは要らないから引退しろ」とまで来ました。こうして叩かれながらでしたが、なまーたさんと9Bさんが現代スマブラ実況の型を開発して下さいました。ファイターの正式技名を憶えて呼び始めたのは正にこの頃です。

  • 「こういう大会にしたいよね」
  • 「アメリカがこうなんだから」

という意図を実現しようという動きが有りました。申し上げた通り、実現はかなり他の方の力を頂いています。

②トーナメント表

続いてトーナメント表の変化です。2014年時点では、トーナメント表というのは現地の Windows PC でローカルソフト( Tio )で作成し、画像保存して大会が終わってから公開するシステムでした。
これですとローカル環境のため、大会スタッフしかトーナメント表が見えず、視聴者はおろか選手すら自分がどこに居るのか分かりませんでした。また、経過・結果は大会が終わるまで技術上公開できませんでした。

“代替メッセージ”
[アメリカで開催された Apex2012 の Top96 ダブルエリミネーショントーナメント表。Tio というソフトで作成し、これが大会後に公開される。]

そこでやって来た2014年。アメリカで台頭した Challonge.com の導入が検討されました。現代のゲーマーならご存知なサービスだと思いますし、今なら他にも Tonamel や Smash.gg といったサービスが利用可能です。しかし、当時出たばかりの Challonge というのは英語しかUIが無く、見る側もガラケーの方が多かったため、「Challonge なんかにしたら大会現地のスタッフが不便なのでは?」という意見もスタッフ内にありました。

少し難しそうに見えましたが、ヒバリさんという強力なスタッフの活躍の結果、Challonge は実戦導入されました。それは2014年9月のあの「ウメブラ8」からです。新作の3DS版に移行した大転換の初回でした:

よりマクロな話になりますが、実は2014年の7月ごろ、上述のクローズドSNS『スマコム』は急なサービス終了となりました。土台となるエンジン(?)が終了してしまったためです。これを期に日本スマブラ勢は Twitter へ進出しました。これが Challonge と絶妙に噛み合ったと感じています。大会スタッフがトーナメントのURLをツイートし、現地に居ない視聴者がそれを見て自分もリアルタイムに楽しめます。会場の外で話題を生む時代へ、価値観が移っていました。
スマコム現役時代に開催されたウメブラでは Twitter アカウントやウェブサイトは有りません。実はかっさーさんという方が布教用に独自に作って下さいました。後からお願いしてスタッフ加入頂きました(自信無いですが確かそうです)。この時代は梅原大吾さんやときどさんのような格ゲーのプロも「アクティブ」な Twitter アカウントは無く、オープンな social media 進出は時代を先取りするものでした。

奇しくも、Challonge 中の人から「日本での Challonge 普及をしたのはスマブラ勢」と聴いたことがあります。(※会話程度なのでソースに使わないでください。)

そこから数年。思わぬ結果に繋がったのですが、公開形式のトーナメント表は PGR や JPR(プレイヤーランキング)作成に活用出来るようになりました。以前は画像ファイルで大会結果が事後で公開されていたのですが、Challonge や後の Smash.gg になってからは API が活用可能になり、自動でランキング向けのデータ収集が出来るようになりました。

世界ランキング PGR に日本の大会が反映された時は「やってて良かった」「コレだよコレ」という実感がありました。日本のプレイヤーが海外で評価されていたのは昔からですが、日本の大会も客観的に評価されるようになったのは本当に最近のことです。

③写真撮影

2014年当時は大会での写真撮影や顔出しは全然ありませんでした。これは法的グレーゾーンだけの話ではなく、当時は「ゲーム実況者の顔出しの儀式」といったイベントがよく行われるほど、顔を出すことは特別なことでした。そういう時代でした。

ただ、今はウメブラを含めた関東のオフ大会では、写真を撮ってアップすることが一般的かと思います。これは日本全体の追い風もありましたが、スタッフでも意識して促進した部分でもあります。この流れを追います。

2014年7月。ウメブラで試しにMCだけ顔出しをした際は、ボコボコに叩かれました。「内輪のノリは絶対に見たくない」や「要らない」など、これはアンケートの荒れようが凄いものでした。
ただ、「アメリカっぽい大会が日本でも欲しい」という意志がありましたから、なんとかして実現の方向へ力をかけていました。

ウメブラ8 決勝 の映像]

同9月の『ウメブラ8』では配信台のみ選手の顔を映しています。これだけでも当時は画期的でしたが、奇跡的に協力的な方々に配信台へお越し頂き、こうしたコンテンツを残すことが出来ました。
特にアメリカ遠征経験者たちはすごく積極的であり、便乗して下さりました。向こうの大会では配信台はおろか会場全体がカメラだらけであり、異世界を体験して「大会はこうあるべきだ」と感じるプレイヤーも多かったのだと思います。

これは大会当日だけではなく、選手個人の普段からの見せ方も影響しました。アメリカに行きまくっていた Abadango さん、プロになった Nietono さん、4連覇した RAIN さん、そして別種目(スマブラDX)ではありますが aMSa さん等、様々なプレイヤーが「プレイヤーをスターとして推して行こう」という活動を始め、プレイヤーが顔を出す文化が根付いて行きました。そんな黎明期には大会の代わりにプレイヤーの方々にかなりのヘイトの矢を受け止めて頂きました。

今ではウメブラでは会場全域で撮影が可能です(パンデミック中は開催されていませんが)。参加者が会場に来て、楽しそうな記念写真を撮ってアップすることで、「大会に行った」という行為自体が羨ましがられるような印象を付ける意図がありました。そのため「大会はこうあるべき」というところからスタートしたのですが、結果的にプレイヤーに支えられて実現しました。

これでもなお発生する問題

以上、①〜③ の変化を追いかけました。

この辺りで筆者がアメリカに在るゲーム実況の会社に就職したので、日米の技術ノウハウはかなり得られるようになりました。ただ、意志的な部分は中々知見が得られませんでしたので、この後も問題が発生します。

コミュニティ大会は企業イベントでは無いならではの非技術的な弱点・脆弱性がありました。「持続可能性」です。

例を挙げましょう。
ある日、しみたけさんという強力なスタッフがいました。この方は「影分身する」「複数人いる」といった伝説があるほど熱心なスタッフでした。しかし、就職のため2016年に一度引退されてしまいました。そうなってから急いでスタッフ業を整理したのですが、かなりしみたけさんに頼っていた業務がありました。あたふたして慌てて整備し直しました。

次の例はセンシティブですが、スマブラ勢の間では時間をかけてだいぶ解消された事例なので、憚りながらも申し上げます。

オフ大会のライブ配信スタッフに対して、「なんでオフ大会ってすぐ試合の動画化しないの?」「アーカイブ動画のサムネイル作らないの?」という声が過去にちょくちょく Twitter で挙がりました。

スポーツをされている方や、他様々なイベントを開催されている方も、大会を開催してその日の内に試合の映像を1試合ずつクロッピングして YouTube にアップするというのは、かなり体力と根気が無ければ難しいと感じられるでしょう。ただ以前のスマブラ勢は全体的に大会サービスがインフレしつつあり、「そのくらい出来て当然でしょ?」という空気がありました。

今では「そもそも全試合動画化する大会はヤバい」という認識が広まっていますが、当時は不満を持たれる方もご尤もです。スタッフ側が労力の情報共有なんぞしていませんでしたから。しかし、突沸的にネットで叩かれた結果、オフ大会スタッフのモチベが下がってしまったり・引退してしまったりといった事案は発生しました。

批判するファン目線としては、これでは本末顛倒のはずです。余計に大会サービスのパフォーマンスは落ちてしまいます。ユーザー主催のオフ大会を持続可能にするためには、ある程度のラクを許容しないと限界があります。オフ大会のスタッフは多くとも参加者数の10%以下しか人数はおりませんので、全ての願いを叶える軍容は持っていません。

持続可能性

そのため、上の ①〜③ のような大会品質向上とは別に、持続可能な運営視点は必要です。

やっぱりアメリカの大会って大量に開かれていて、いつも参加できるオフ大会があるからこその盛り上がりがあります。今の日本はそれに勝るような勢いが有ると思いますが、持続可能性のためにはいつまでもモチベある一人のスタッフに甘えていてはなりません。また、実現したことがある場合も一回で全てが実現出来るわけではなく、長期間をかけて参加者への理解も得て行かないといけません。持続可能性は今回に関わる重要な課題です。

現代のスマブラの大会方式は、凄くよく出来ています:スタッフはモニターだけ用意し、参加者がゲーム機・コントローラーを持参し、オンライン上でトーナメント進行を行い、運営費全体を賄う参加費を頂きます。ラクであり、どの地域でも真似しやすく、続けやすいからこその大会数が有ります(以前は月150回も国内でオフ大会があったとのこと)。更に、大量の大会があることで、着実にノウハウが共有され、日本で大会を開きやすい方式が全国を通して相互に確立されて来ました。

特に機材をスタッフ側が用意しきらなくて良い点、会場費以上の金額を参加費から集めても参加者から理解がある点について、我々スタッフは凄く恵まれています。ただこれも、参加者の方々に理解を得られてから実現したと感じています。

筆者からは恐縮ですが、全てのスタッフのために申し上げます。どうかコミュニティ大会のスタッフをボコボコにしないで下さい。一般的に、人の子は叩かれると引退してしまいます。運営をしているのは、同じ消費者でもありプレイヤーでも有るゲーマーであることをどうか一度思い出して下さい。
昔は「あいつらは自浄作用が無いから俺が言ってあげなきゃいけないんだ」といった大義名分論もあったのですが、改善案や気付いた点がある場合、どうか大会のアンケートフォームからお願いします。不満を Twitter で述べて RT を貰う方法は、言う側の自己満足に過ぎず、大会を減らしてしまう事もあるとどうかお見知り置き下さい。テキトーでも大会が大量に在ることが、多くのプレイヤーの助けになるはずです。
同様に任意のスタッフの方へ。ボコボコにされてもどうか引退なさらないでください。叩いている側は余り悪気は無いです。勿論今後もご自身がスタッフ業を楽しめるかどうかが最優先なのですが、貴方がいらっしゃることで他のスタッフは助かり、参加者も助かります。オフ大会で最も重要なのは現地の参加者がどう思われるかだと筆者は考えています。

“代替メッセージ”
[EVO Japan 2020 で撮影したスマブラSPスタッフ集合写真。 @darimoko より 。様々なコミュニティ大会スタッフの寄せ集めなのですが、其々が一角の組長なので、考えていることは皆違うはずです。]

さいごに

どの大会もやりたいことがあり、それを各機能で実現しています。大会という大きな生き物の内、一つのパーツだけ取り出して「あっちの大会はこうしてるから合わせた方が良い」と指摘するのはちょっと無理があることも多いです。それは喩えるとマンガ『ジョジョの奇妙な冒険』を読んで、「顔は矢吹健太朗の画風にして」と作者にアドバイスするような状態です。

現代のどの大会スタッフにも「こういう大会がしたい」という意志があります。もし、ご自身が違うコンセプトの大会を体験したい場合は、もう開くしかないです。
今回の内容は「私がしたかったこと」についての話だったため、最初に申した通り、視点はスタッフによって異なります。申し上げたいのは、「これがしたかったからこうしたんですよ」という意図が存在したことです。筆者の場合はアメリカの自由でポジティブな大会を実現したかったのですが、人によって目標は違うはずです。

加えて、持続可能性の問題が有ります。意志を実現するにはどうしても持続が必要です。オープン形式のオフ大会は朝準備して夜には片付けることが多いです。「あっちの大会で入れてるこの機能入れて欲しい」という要望もあるかもしれませんが、「疲れるから嫌です」という要素も大会に依ってはあります。

勿論、頑張って凄いシステムを入れている大会は最強です(例:ライブ配信でのステージBan/Pick表示, プレイヤー過去stats表示)。ですが、入れていない大会も「やる気が無い界隈の癌」と呼ばずに、「継続して大会を開くために工夫しているんだなあ」とどうか解釈して下さい。

…こうした内容を、スマブラ以外の競技でスタッフ(TO)をしている方へ説明する時のために本文を記しました。特に、大会で何か新しいことをしようとする際に「ネットでの反発がすごくて」という悩みを持たれる方が多いと思いますが、筆者らはこうした意志を優先して動いて来た次第です。万が一どこのスタッフでも無い方が本文をご覧の場合は、大会の変化へ温かい声援を贈って頂けますと幸いです。

以上

今回は以上です。過去に、スマブラに限らずもうちょっと一般的に記したモノがございます。TO の方で気になる方はこちらもご参照下さい:

今回そこまで踏み込みませんでした「法的グレーゾーン」についても、こちら↑に詳細に述べています。ゲームの個人利用については、法律が変わった訳ではありません。著作権や DMCA は少し特殊なので「解釈の変化」と言った方が実情に即していると思います。どの時代も「ゲーム会社の意向」にだけは従いましょう。

ただ、筆者はこの「ゲーム会社の意向」すら変化させたアメリカ勢の活動の上に生きていると感じています。筆者の短い人生ではここまでしか理解出来ませんが、将来的にはもしかしたらもっと新しいコミュニティ大会の在り方が生まれるかもしれません。