恋心は超グリーディ

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Jun 4, 2020 - others review

ゼノブレイド:因果律の背景知識

こんにちは、ゼノブレイド大好き人間です。このたび『ゼノブレイド Definitive Edition』(DE)、つまりゼノブレイド1のリメイク作品、が発売されましたのでその背景知識(と筆者が踏んでいる)内容について、述べようと思います。みなさんもこれを読めば、ゼノブレイドをより楽しむことが出来ますし、明日からゼノブレイドDEをプレイした仲間と語り合うことが出来ます。ご活用下さい。

今日はネタバレを余り入れないよう努めました。いまゼノブレイドDEが途中の方も余り心配なく御覧いただけるよう配慮しましたが、なにか漏れていたらご容赦下さい。念の為、スマブラで登場する要素(シュルクは剣モナドを使っており、未来を見ることが出来る)までは用います。

“代替メッセージ”
ゼノブレイドDE 公式サイト より。拝読しましたらしっかりネタバレがありました。]

ゼノブレイドは、1も2通して、ストーリーの中では「人間 vs 技術」という構図になっていました。これについては、3年前に筆者が『ゼノブレイド2』発売してプレイした直後の日記に書いております。プレイ直後に独りで考えた内容なので穴も多いですが、当時のまま残してあります。こちらはネタバレ有りの内容ですが、ご参考になさってください。

そして、特にゼノブレイド1で顕著ですが、人の思いは「因果律」(未来の運命)を変える力があるという描写がされています。「因果律」はゼノブレイド1でも2でも剣と関係がありました。一方の「意志」は因果律に干渉する力を持っています。ストーリー上はモチーフとして「人間 vs 技術」が目立ちますが、「因果律 vs 意志」というテーマも無視できません。別枠の『ゼノブレイドクロス』でも、人間と技術と意志の力が融合したテーマになっていたと筆者は捉えています。

この「因果律 vs 意志」については、現実世界でも長らく議論されて来ました。今日はこの背景知識の説明をします。哲学や科学史ではこれに当てはまるジャンルがありますので、おそらく制作陣がこれを参考にしたんじゃないのかな?という部分を独りで解釈して述べています。

断っておきますと、私は哲学はエンジョイ勢なので、そこまで真剣に読まないで下さい。このブログは興味への導入として頂いて、正確な部分はどうかご自身でもお調べになって頂くことを推奨します。

モナド

ゼノブレイドにも登場する「因果律」は哲学の歴史上、一つのジャンルを構成しています。「決定論」と言います。そこで「モナド」という概念が出てくるので説明します。これはゲーム内の剣の話ではなく、その命名元になっていると想定される概念の話です。

1700年、ドイツにライプニッツさんが居ました。ライプニッツさんは哲学者でもあり数学者でもありました。当時は哲学と科学が分離していません。そこで、ライプニッツさんは「モナド」と「予定調和」を絡めて主張し始めました。

“代替メッセージ”
[神聖ローマ帝国の政治家であり哲学者であり数学者、ゴットフリート・ヴィルヘルム・フォン・ライプニッツさん。設定が非常にかっこいいです。現代日本人の価値観では「文系と理系なのに意味不明でしょ」ですが、それは我々の価値観です。Wikipediaより。]

筆者はライプニッツさんの著書を直接読んだわけではありません。エンジョイ勢ですが勝手に説明します。ライプニッツさんはモナドとは世界を構成する空想上の原子のようなものをイメージしていました。
(※モナドは日本語では「単子」と訳されますが、それは20世紀以降の翻訳です。ライプニッツさんが生きた当時は、原子が発見されていません。)

すごく大雑把に言いますとライプニッツさんはこう言いました:

  • 「この世は実はモナドで出来ている」
  • 「モナドが暗にこの世を構成しており、神がモナド間にあらかじめ調和関係が生じるよう設定したからバランスが取れている。」

特に「神がこの世がこうなるように調整しているため、世の中はそれに合うように進む」ということを「予定調和」と呼びます。(予定調和はお聞き及びかもしれませんが、現代でも「予定通りにコトが進む」を意味して使用することもあります。)ゼノブレイド1ではモナドとは剣の名前でしたが、元ネタは世界を構成する素を意味しています。

ゼノブレイド1でも、未来はビジョンの通りになるのかそれとも変えられるのかが序盤から焦点になっていました。これは予定調和が成立するか否かを問うているように見えます。このように、モナドや予定調和の元ネタ・考え方はライプニッツさんの言にありました。でも哲学上の空想に過ぎないので、余り科学的ではないというか現代の我々から見ると「妄想じゃん」とすら感じます。

ライプニッツさんの解説はこちらにもございますので、より深く知りたい方はぜひこちらを御覧ください : TRANS.Biz『ライプニッツの哲学とは?「モナド」や「微積分」はじめ名言も』

上でも言及しましたがこの「世界の動きは法則に従って予め決まっている」議論のジャンルは「決定論」と言い、紀元前の古代ギリシャからその発端は存在します。人類は長らくこのジャンルを議論して来ました。世界史に親しい方ですとキリスト教の「予定説」は決定論の一種です。ちなみに、神や運命のようなものがこの世の成り行きを引っ張っているという発想自体を「因果律」と呼ぶこともありますが、ゼノブレイドでは「物理法則」みたいな意味で用いています。

ただ、予定説はより神学的・精神的な仲間に広まって行ったのに対し、ライプニッツさんの「モナド」はより科学の仲間たちに広がっていく概念です。次のパートでは科学界の継承者について話します。

(※何故モナドと決定論というテーマをゲーム制作に選んだかの推測なのですが、おそらく『ゼノブレイド1』がWiiで発売された2010年ごろ、ちょうどプログラミングの “モナド” が流行っており、時代的にここから着想を得たのではないかな? …と筆者は勘ぐっております。)

ラプラスの魔

ここで決定論の流れから更に「ラプラスの悪魔」を紹介します。これは「ラプラスの霊」「ラプラスの魔」とも言います。原典は Laplace’s demon です。これは上のモナド・予定調和をより掘り下げた理論だと筆者は認識しています。

このライプニッツさんの流れで100年後。ラプラスさんという人物が1800年フランスに出現しました。フランス・ドイツは陸続きでしたので当時は学問的に密接な繋がりがあり、ライプニッツさんとラプラスさんは同じ派閥と言っても過言ではありません(大陸合理論)。ラプラスはポケモンみたいですが人物名です。

この頃には格別に数学・物理学が進化したため、人類史上はじめて「物理法則でこの世を解明できる」ということが見えてきました。それ以前は、世界の構成には霊的なものや神的なものが関与すると思われており、世界のことは果たして分かるかどうかが曖昧でした。ゼノブレイド2をプレイされた方であれば、「プネウマ」という概念を聴いたことが有る方もいらっしゃるでしょう。本当に1800年くらいまでは、この世は魂や霊や神が操作していると思われており、科学で成立しているという発想は次世代の考えでした。

現代人であれば「この世の法則はどうやったら分かるか?」と問われれば「科学」と即答すると思いますが、人類の歴史的には比較的新しい価値観です。ちょうどこの時代を生きたラプラスさんは科学の力に自信が出てきたので、こう言いました:

  • 「この世は物理法則で出来ている。(= 途中で神の手が加わって動いたりしない。)」
  • 「この世の物理法則が分かる存在が居れば、将来のことまで全部予測できる」

この「将来のことまで全部わかる存在」はラプラスさんの著書に出てきた妄想だったのですが、これを読んだ人たちは恐怖して「ラプラスの魔」と呼びました。…こちらにラプラスの魔の詳細な解説もございます。ご参考になさってください。:

この世の物理法則を理解した者ならば未来のことまで全部分かるというのは、一見すると真理な感じはします。ライプニッツさんの「モナド」は、現代の我々から見ると空想や思想の域を出ない議論ですが、比較するとラプラスさんの魔は現実に及ぶ説得力があります。決定論とは、このように科学と哲学を融合して描いた一つの大きな絵になっています。ゼノブレイドシリーズの世界観のように、技術(機神・ブレイド)と未来(決定論や運命)は密接な議論があった価値観です。

ゼノブレイドでは更に、決定論がある世界観で巨神といった創造主が登場しました。我々の歴史でも、決定論は神と繋がることが多いです。ライプニッツさんやラプラスさんのライバル国であったイギリスでは、科学を解き明かすことはイコール「創造主をリスペクトする行為」として推奨されました。ラプラスの魔のルーツである「物理法則を理解して未来も知っている存在」はそもそもキリスト教的「全知全能の神」を意識したものです。

改めて、ゼノブレイドシリーズではモナドそして神が関連していましたが、これは現実の歴史でも決定論(モナド)は技術や神の発想と繋がっていたことを知って頂けると幸いです。

おまけ:ラプラスの魔の否定

一見正しい「ラプラスの魔」の存在は、量子論の登場によって否定されました。1900年ごろに大ヒットした「量子論」は世界中の科学者が参加した覇権ジャンルですが、その中である方が「不確定性原理」という一つの原理を発表しました。不確定性原理 (uncertainty principle) は凄すぎたので、一つの原理なのに「決定論」のジャンルごと一挙に否定する破壊力がありました。決定論にまつわる2000年におよぶ議論がひとまず決着です。

ここから不確定性原理の詳細を申し上げます。ラプラスさんの発言は厳密には、この世の物質の全ての「位置」と「動き」が分かれば未来まで全部見渡せるということでした。これは凄く正しいと感じるのですが、これは「位置と動きが分かれば」という前提が成立すればです。

ラプラスさんから100年後、不確定性原理が登場しました。全てを捨てて不確定性原理をざっくばらんに説明しますと「ミクロの世界では位置と動きは同時には特定できないようになっている」という理論です。原子や電子のあるミクロの世界は “存在” が “確率” でしか表せません。これは現代物理の「量子論」の入口ですが、このへんを掘り下げると「位置と動き、どっちか特定するとどっちか不明になる」ということが分かりました。

(※本来はこの議論を数学のことばで表すのですが、ここでは割愛します。理系の学生には分りやすい説明がこちらにあります。これが分からない場合はそもそも不確定性原理を理解されなくて大丈夫です : 九州大学 大学院理学研究院 物理学部門 実験核物理研究室

結果、ラプラスさんの前提である「位置と動きが分かれば」はこの世では達成できないことが証明されました。ラプラスの悪魔の否定証明は、予定調和や因果律といった考え方はこの世では通用しないということに結びつき、決定論という一大ジャンルをほぼオワコンに追い込みました。このように今でも科学は哲学に影響を及ぼすこともあり、究極的には両者とも philosophia(知を愛する)の面で繋がっていることが実感できます。

意志

ゼノブレイドシリーズでは、物理法則が分かれば未来は全て分かります。因果律・予定調和が有る世界が描かれました。その予定調和を破るケースでは登場人物たちの意志・行動が関係していました。この「意志」は歴史上、ここまで述べていた「決定論」に対立するジャンルとして長く存在していました。今日はこのジャンルを「自由意志」と呼んで説明申し上げます。決定論・自由意志は歴史上、2000年くらいにわたって対立して来た議論です。

“代替メッセージ”
[決定論 vs 自由意志 …厳密には必ずしも全てがそうではないのですが、ゼノブレイドを理解しやすくするために対立して置きます。]

「自由意志」とは「いえーいでフリーダムな気持ち」という意味ではありません。「この世で起きることは全て物理法則があるから未来のことまで決まっている」という考え方が決定論に対し、「いや、人間の意志は物理法則の外にあるから、未来のことは人間の意志が関与する」という発想が自由意志です。物理法則に縛られない (free) なのでこういう名称になっています。厳密には「自由意志」は一つの名詞に過ぎないのですが、便宜上今日はこの自由意志をジャンル名でも呼びます。

筆者としてはこれらの議論に対し、「決定論とか自由意志とか妄想じゃん」「解釈の違いであってどっちでも良いのでは?」と思っていた時期もあるのですが、大事な議論です。例えば、決定論がまかり通るのであれば、裁判は起きません。この人が罪を犯すことが世界の法則で決まっており、本人の意志は関与しないのであれば、全ての人は無罪になります。そうはなりませんので、現代の法律は自由意志を尊重しているということになります。

自由意志はなぜ大事で、現代の考え方にどう生きているのか、ここの説明が分りやすいです : The Skeptic’s Dictionary 日本語版『自由意志 free will』

ゼノブレイド1, 2では、共に自由意志が関与していました。未来が物理法則で決まっている(因果律)のに対して、未来は人間の意志で勝ち取るという主張が描かれています。特にゼノブレイド1では後半に「意志」という言葉が多発します。また、ゼノブレイド2では「意志」という曲も収録されています。ご存じなかった方でも、いざ言われて見ればゼノブレイドでは 決定論 vs 自由意志 が対立してせめぎあっている様子が描かれていたと納得出来る方も多いと思います。

ゼノブレイド1では剣モナドのおかげで未来を見ることが出来ました。つまり剣モナドのおかげで因果律を理解出来、自分の意志を実行することで未来を変えることが出来ました。こう見ると剣モナドは元ネタの「ライプニッツの哲学モナド」を理解したりアクセスしたりする道具であり、知った結果未来を変えるためには自分の意志を行使しているように考えられます。物語の後半になると剣モナドはより意志に近い意味で使われるようになるのですが、ここではネタを漏らさずプレイヤーの目でご確認下さい。決定論の因果律と、人間の自由意志の融和を実現した良い解釈だったと感じています。

以上

このように、人類の考え方では長らく決定論(物理法則で未来は決まっている)と自由意志(未来には人間の意志が関与する)が対立して来ました。そしてその論争は、科学技術の発展と共に進歩して来ました。この運命と意志と技術を描いたものが、ゼノブレイドシリーズだったのだと感じます。

作品を楽しむことにコンテクストを加味するべきかという議論については、議論に決着がついていないというコンテクストがあるのですが、背景を知ることでより身近にゼノブレイドを感じて頂ける方が出たならファンとしては幸いです。

この続きとして、 ゼノブレイド:エーテルの背景知識 がございますので気になる方は御覧ください。

全体的に科学史の出典はこちらを参考にしております。完全にエンジョイ勢ですが非常にオススメの一冊で、四大元素・魔術・錬金術を学問としてやりたい方は是非御覧ください:

橋本毅彦『<科学の発想>をたずねて』

また、少しでも哲学に興味を持たれた方は初心者向け動画として『ぴよぴーよ速報』をオススメします:

{% oembed https://www.youtube.com/watch?v=KcuCD6vpnt0 %}

“Esports後進国理論” の起源 ゼノブレイド:エーテルの背景知識

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